昼過ぎから降り出した雨は悠里の望みも空しく一向に止む気配もなく、とうとう夕方になっても降り続けていた。

「・・・あーあ、どうしようかしら・・・」

「なにが?」

ポツリと呟いた声に、補習を終えて帰り支度をしていた一が気付いたらしい。
窓から空を見上げて溜息をついていた悠里が振り返ると、いつの間にかすぐそばにやってきて同じように雨の降る空を見上げていた。

「雨よ。今日、ちょっと荷物があったから思い切って傘を置いて来ちゃったから」

「うわ。それかなりムボーだぜ先生。今日は一日中降るっつってたじゃん」

「えっ、ウソ!」

ざんざんと降るこの雨が夜まで止まなければ悠里は帰れないではないか。

「う〜、どうしよ。困ったな」

「………貸してやろうか?」

ふと頭上から降ってきた予想外の言葉に思わず目を丸くする。

「へ?」

「ぶっ!先生なんだよ、その変な顔。そんなツラすんなら貸してやんねえぞ」

「なっ…、変な顔って何よもう。失礼ね」

「悪ぃ悪ぃ。とにかく今日はオレ傘持ってきてるから、先生に貸すよ。な?」

頬を膨らませて心外そうな顔をした悠里に一は堪えきれぬ様子で苦笑して、まるで拗ねた子供をあやすようにポンポンと頭を叩いた。
普通ならば生徒にそんなことをされれば窘めなければならぬところだが、今は放課後でこの場には2人の他に誰もいない。

「………うん。ありがとう、一君」

そんなふうに自分へと言い聞かせて、悠里はこくりと頷いた。

だが帰り支度をしてくるからと職員室に寄って昇降口にやってきた悠里は、一の手にした傘を見るときょとんとしたあと、パチパチと数回瞬きをした。

「あの……一君?傘、貸してくれるんじゃないの?」

「ん?貸すよ?なんで?」

なんでって、そんなものはこっちが聞きたい。
一の手には傘が握られていた。それは事実だ。

けれども。

「だって―――――傘、1本しかないじゃない」

そう。一の持ってきた傘は濃いグリーンの1本だけで、それ以外には手にしていない。
それでは悠里が貸してもらったら一は濡れて帰らなければならなくなってしまう。
まさか教師が生徒から1本しかない傘を貸してもらって帰るわけにはいかないだろうと思ったのだが、当の一はケロリとした顔をしてあっさりと頷いた。

「何言ってんだよ、1本ありゃあ十分だろ?この傘デカイから2人で一緒に入っても大丈夫だって」

「ああ、確かに大きいもんね。………って、は!?その傘で!?」

「そう、この傘で。先生ちっちゃいし駅までなら平気だって。―――ほら、行こうぜ?」

いまだ勢いが衰える気配すらない雨の中にポンと傘を開いて一は悠里を促したのだが、雨に濡れたカエルのように
青々とした緑色の傘を凝視したまま悠里は石のように動かなくなってしまった。

「ええと、あー、その―――」

意味不明な呻き声を漏らす担任に呆れたのか、一はふぅと溜息を吐く。

「せーんーせーい〜。…ったく、何つっ立ってんだよ、ほら。行こうって」

「きゃっ」

そう言うなり差し掛けられた傘に引き入れられてしまい、さすがに仕方なく2人で一緒の傘に入った。
だが少しでも隙間を空けようと引っ張られた腕を解こうとするものの、一は何故か頑なにそれを許してはくれなくて、むしろ横目に睨まれてしまう有り様だ。

しかも、

「コラ、暴れんなよ先生。離れちまったら一緒に入れないだろ」

トドメとばかりに一は強引に悠里の細腰を自分の方に抱き寄せたりするのだから、彼女としてはもう堪ったもんじゃない。
かぁっと頬が熱くなるのを感じながら酸欠寸前の金魚のように口をパクパクとさせて、

「…ちょっ…もう、はじめくん!」

すべてを遮断するような雨の中、
逞しい腕に抱えこまれるようにして駅までの道を行く傘の下で
悠里は赤い顔のままそう叫んだのだった。

 

「  ふたりのせかい  」  

 

      

とりあえずハジメは相合傘でしょう!!
・・・なんて勝手に決めてかかってこんな話になりました。
思うにハジメはいっつも相手の反応に気付くのが遅い気がします。

で、気がついてようやく自分も照れるような(笑)
そういうところがかわいいなーと思ったり。