「 Congratulasions! 」

 

 

彼の肩に掛けられた小さなカバンと、私の手に持ったハンドバッグ。

「この時間だと大通りでタクシー拾えるかしら………飛行機の時間、大丈夫よね?」
「ヘーキ、ヘーキ。間に合わなきゃ別の便に変えたっていいんだし、んな焦んなよ明里」
「もう、要さんたら……」

そわそわと腕時計を見る私の隣を歩く要さんの足取りは、言葉通りのんびりしたもので、なんだか楽しそうな彼の様子に自然と口元が綻んでしまう。
そうだ。ここのところお互いに忙しくて(特に要さんは目が回るほどだった)こんなふうに歩くのは久しぶりのことだ。

わたしだってこうやって2人並んで歩くのは嬉しい。 休業宣言から約二ヶ月強、残った仕事を片付けたり渡米のための準備をしたりで、要さんも自分も
まるで盆と正月がいっぺんに来たようなう慌しさだった。それぞれに何かと忙しい家族や友人たちの見送りも遠慮して、昨晩は家族全員で
ゆっくりと旅立ちを惜しみ、今日はついさっき迎えに来た要さんと共に、お母さんや和希に送られて自宅を出たのだ。

「なぁやっぱ電車にするか?その方が早いしさ」
「いやだ、何言ってるんですか。そんなことしたらファンの人に気付かれたが最後、ホントに空港に着けなくなっちゃいますよ」
「そうかぁ?けっこー気付かれねぇと思うけどなあ……」

そんな他愛もないやり取りをして、そういえば初めて声を掛けられた時がやっぱりそう言って変装していなかったんだっけ、と懐かしく思う。
あの頃はまさか自分が「九神炎樹」と恋人同士になるなんてこれっぽっちも予想してなかったなぁ。

ゆっくりと並んで大通りへと向かう坂道の途中で、視界に真紅のバラのように真っ赤な車が止まっていて、その光景に
そういえば似たようなことあったわね、と当時そこから顔を出した人物を思い出して苦笑する。
彼も春にはホストを辞めて次なるステージへと進んだはずだが、果たして今はどこで何をしているのやら。

それにしても…………止めてあるその車に近づくにつれて、なんだかどんどんイヤな予感がしてくるのは気のせいかしら…………?

真っ赤な車は、よく見ればスポーツカーだ。それも有名な外車で、なんだか見れば見るほど彼の車のような気がしてきた。
早く通り過ぎてしまおうと、知らず足早になった自分の進路を遮るように不意に車のドアが開き、乗っていた人物がその姿を現した。

「やあ、2人とも。随分のんびりとしたご出立だね」

胸元が大きくはだけられた艶のあるダークシャツ、さらりと流れる美しい髪、引き締まった細身の体には超一流ブランドの
ジャケットを身に纏い、車中から降り立った人物は誰あろう―――――。

「おま…っ、彬ぁ!?」

「やあ九神君、久しぶり。それに―――明里君も」

鷹見彬、その人だった。

「彬君、なんで……」

予想外の人物にビックリして素直に問えば、当たり前だとばかりに彬君は笑う。

「なんでってそりゃあ見送りに決まっているじゃないか。風の噂で今日出発すると聞いていたしね」

秘密めいた微笑みを浮かべてそう言った後、「それに」と続けられた言葉に思わず首をひねる。

「僕の人生にとって最初で最後の敗北だからね、きちんと最後まで見届けるのが筋ってものだろう?」

彬君の台詞にわたしは思わず要さんと顔を見合わせてしまった。

「最初で最後の敗北って……要さん、彬君と何か勝負もしてたの?」

要さんて負けず嫌いなとこあるし、もしかしたらやってそう、と尋ねてみても、

「んな覚えねぇっての」

つーかそもそも風の噂ってなんなんだよ、と首を横に振るばかり。 一体何のことなのかしら。
彬君と勝負なんてしそうなのは………あ、樫宮君とか?

なんて考えていたわたしの予想をあっさりと裏切って、彬君はほんの少しだけ苦笑を浮かべて、その切れ長の瞳をそっと細めた。

「炎樹君にじゃないさ。僕が負けたのは君にだよ、姫」
「え、……えぇ!?わたし彬君と勝負なんてした覚えないわよ?」

身に覚えのないご指名にギョッとして素っ頓狂な声が出た。
というかそもそも。そもそもよ。
わたしと彬君じゃ、なんの勝負だって彬君に勝てるわけがないじゃない。

だけど彬君がやれやれとばかりに肩をそびやかして大仰なジェスチャーをしたあと、腕を組んで
軽く車に寄り掛かりながらわたしを見たその視線に一瞬ドキッとする。

でもどこか熱っぽさを秘めた瞳はほんのわずかのことで、すぐにそれは彼特有の悪戯っぽい笑みに取って代わられた。

「僕は負けたよ。というか、端から相手にもされなかった、と言ったほうが正しいのかな。
写真すら見てもらえなかったようだしね?」

…………………端から相手に……………写真……………………見て、もらえなかっ……………


瞬間、何を言われたのか理解することを拒否した頭は数秒後、まるで何かのスイッチを押したように全てのことを理解する。

「―――――あっ、え………ええ!?あのお見合いの相手って、彬君だったの!?」

あまりにも唐突な種明かしに混乱するわたしの横で、

「ハァ!?見合い!?」

わたし以上に大混乱に陥った要さんがそう叫ぶなり、わたしの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

「明里、なんだよ見合いってオレ聞いてねーぞ!?つーかしかも相手彬かよ、よりにもよって!!!
ってかいつ!?まさかオレと別れた時とか―――」
「おや、君たちもう別れたのかい。それじゃあやはり僕が」
「ちがうちがうちがうチ・ガ・ウ!!!そーじゃねぇ!!!!おい明里!!!!!」

彬君が真顔でそんなことを言うものだから、要さんたらもう必死。
笑っちゃいけないってわかってるけど、一度ひどい目に合わされてるんだからこのくらいいいわよね?

「え、えーっと………。要さん、とりあえず落ち着いて。ね?」
「これが落ち着いてられるかッ!!」

お見合いのことを話そうと思わなかったわけじゃない。
けれど今の今までその話をしなかったのは単に忘れていただけだ。

結婚はおろか、将来を共にしたいと思う相手すら思い描けなかった頃の自分。
思えばあの一枚の写真からわたしの生活は変わったんだわ。
お見合いの話がなければ無理矢理にでも自分をどうにかしようなんて、きっと思わなかったにちがいないもの。

そう考えるとある意味、彬君がわたしと要さんのキューピッドだったとも言えるわけで―――――。

「明里君」
「へ?あ、はい。何……、っ」

ワイワイと騒ぐ要さんの隣でぼんやりとしていたから、急に掛けられた声に反応するのが遅かったらしい。
気がついた時にはすぐそばに作り物のように整った彬君の顔があって、そして。

そしてそれは止める間もなくそっとわたしの唇を奪っていった。

まるでスローモーションのようなキスの後、ゆっくりと離れて行った彬君はほんの少し寂しげな眼で
わたしを見つめて、それからフッと笑って悪戯っぽくウィンクをしてくれる。

「ま、この僕を振ったんだ。ちゃんと幸せになりたまえよ、明里君」
「……うん。……ありがとう、彬君」

視界の端にパクパクと金魚のように言葉もなく喘いでいる要さんが見えたけれど、そんなものはまるで意に介さずに
マイペースな彬君は固まっている要さんの背中を励ますように軽く叩いて、現れた時と同様颯爽と去っていった。

遠ざかるスポーツカーを見送って、それからわたしが振り返ると案の定。

「………………見合いってナニ?」

ジットリと横目にわたしを見ている要さんがいた。

「……要さんと会うよりもずーっと前よ。ちょうど去年の春先。
そのことがきっかけで、わたしホストクラブに通うようになったようなものだもの」

本当に要さんが気にするほどのものは何もなくて。
だから本当に話があったっだけなのだと言うと、要さんはかぶっていた帽子をちょっと直すフリをして、ふーんとだけ答えてくれた。

「そんなにショックだった?わたしがお見合いしてたこと」

彼の拗ねた横顔に少しだけ微笑んで聞いてみる。

些細なこと。

けれどそんな小さなことにも反応してくれる要さんに、なんというか愛を感じてしまって、
不機嫌そうな彼には申し訳ないのだけれど心がほんのりあったかくなる。

「当たり前だろ?ってか相手が彬だったってのが………あッ、思い出した、あいつ明里にキスしやがって!!」
「えっ?あ……」

むかつくー!!とか今度会ったらぶん殴ってやる!!などと息巻いて拳を固める要さん。

「ええと、あの、ほら彬君に他意はないというか……ちょっとエキセントリックなところあるし、犬に噛まれたみたいなものというか」
「へー、ほー、ふーん?明里さんは犬に噛まれて赤くなったりするんだー?知らなかったなー?」
「・・・・・・・・・・・・あ、赤くなんか」
「ウソつくなよ、顔赤い。………あーもう、彬の野郎マジむかつく」

ぼそりと呟かれた言葉が聞き取れなくて顔を上げたら不意に腕を引っ張られて、

「あ、要さ―――」

「しっ。しゃべんなよ…」

少しだけ眉間に皺を寄せた不機嫌な要さんの唇が、わたしのそれへと降りてきた。

そうしてまるで感触を確かめるようにゆっくりと唇を合わせて、やがてちゅっと軽い音をたてて離れる。

そっと開けた目の前にあった要さんの顔はひどく真剣で。

「………愛してる」

囁かれた言葉は、たったそれだけ。

けれどたったそれだけの言葉がなによりも嬉しい。
込められた想いに、秘められた情熱に、胸がじんわりと熱くなる。

何か言おうと口を開きかけて、けれど上手く言葉にすることができなくて、もどかしさを追い払うようにわたしはぎゅっと要さんの手を握った。
細く長い指に自分の指を絡めて、そうすることでせめてあふれる想いの丈を伝えられるように強く―――強く。

伝わったかな?と上目遣いに頭ひとつ分上にある要さんの顔を見上げると、眩しいものを見るように目を細めて
わたしを見たあと、ニッと不敵な笑顔を浮かべて、勢いよくわたしを引っ張った。

「おっしゃ!オレが絶ーっ対、お前のこと幸せにするからな。覚悟しろよ明里!!」
「きゃ…っ!ちょ、ちょっと要さんっ!!」

そうしてわたしたちは、しっかりと手を繋いだまま、大通りに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

最後はなんですか、大好きなご主人様に散歩に連れてってもらってはしゃぐわんこのイメージで。
なんかもう炎樹×明里というか、むしろ彬×明里?あ、あれ??(汗)
本当はもう少し先のED2年後とかの話を考えていたのですが、唐突に炎樹vs彬の構図を思いつきそちらに。

それではリクエストをいただいたさつき様、大っっっ変遅くなりましたが謹んで献上いたします。
・・・・・・ええと、まず、あんまり甘くならなくて申し訳ありませんです・・・・・・(土下座)
一応「お相手は炎樹」で「ED後のお話」で「ゴージャスの誰かが出てくる」の
すべてをクリアしているはず、ですので少しでも楽しんでいただければ幸いです。

それではリクエストありがとうございました♪