「reverse」
ぽちぽち、カチカチカチ。
ぽちぽちぽち、カチカチ。
ぽちぽちぽちぽち……・。
「……………お前、ほんっっっっとに、別人になったよな」
鏡の前で一心不乱に携帯電話をいじくっている男を見下ろして、ひどく感慨深い思いに駆られながら溜息を吐く。
カチ、ぽちぽち、カチカチカチ。
「うっせーよ。しゃあねぇだろ、電話したくても明里今バイト中だし。あ〜声聞きて〜!」
ぽち、と最後に送信ボタンを押して顔を上げたのは、只今人気急上昇中の俳優・九神炎樹だ。
「そんなこと言ってお前、ヒマがあればしょっちゅう電話と睨めっこしてるらしいじゃないか。鈴原さんがこぼしてたぞ、さっき」
「だって明里のヤツ、あんまり電話してきてくんねェんだよ。
オレが仕事中で出られないかも、とか迷惑になるかと思って、とか変なことばっか心配しやがってさ。
明里が掛けてきてくれんなら生放送中だってかまわねーのによ」
子どもっぽい表情のふくれっつらでそう愚痴る鏡の中の炎樹を見やって、たった今ヤツの口から出た台詞に唖然とした。
生放送中でもかまわねーって、おいおい。そりゃ普通かまうだろ。
「それはお前……お前がそんなふうだからじゃないのか……?」
「げっ、マジ!?」
「まぁ普通はな。そもそもそんなにひっきりなしだとウザがられるだろう」
開いた口が塞がらないというか、よくもまぁそこまで骨抜きにされたもんだと感心するというか………。
そんなことを内心で思っていたら、炎樹はピタリとメールを打つ手を止めて、今度はなんとも情けない顔でこちらを見ていた。
………えーと、誰ですかコイツ?
「なんだよ?」
「……………一時間くれー前に一通送ったんだけど、今送るとしつけぇかな?」
「さぁなぁ。いいんじゃねえの別に」
だから。だからお前はこういうキャラじゃなかっただろうが。 さっきからマジ別人28号だぞ、こいつ。
「だーっ!!テメェ他人事だと思っていい加減な返事するんじゃねーよ!!」
「あっ、馬鹿野郎こっち向くな!」
テキトーな相槌ばかり打っていたせいで逆ギレした炎樹のやつが思いきり後ろを振り返ってしまい、まだ纏めている途中だった髪がバサリと散った。
「え、あ。わり」
「わりじゃねーよこのバカナメッ!!」
「な…っ、バカナメだぁ!?テメェが悪いんだろ!!オレが真剣に悩んでるっつーのにテキトーなこと言いやがって」
あー、しまった。うっかり怒鳴ったりしたもんだからムキになりやがったよ……。
とりあえず椅子から立たれるのだけは困る。
「わーかった、わかったよ。真面目に答えるからとりあえず前向け、前」
両手で抑えて抑えて、というジェスチャーをしてみせると、相変わらずむくれた顔のまま
炎樹は椅子に座り直し、鏡の中から不機嫌そうにこちらを睨んだ。
そんな刺すような視線を適当に受け流しつつ、ブラシを持った手でもう一度その髪を纏めだす。
「……離れてるとスッゲー気になるんだよ。変なウワサ真に受けたりしてねえかとか、今頃なにしてんのかとか。
けど、そういうのがふと頭を過っても、実際電話できる状況じゃなかったりすること多いし?
だからついメールばっかしちまうっつーか…………やべぇ、オレ、スゲェうざくねぇ?」
自分で言ってるうちに頭を抱えだした炎樹を見下ろして、ああコイツ本気で恋してんだな、と
口に出したらなんとも気恥ずかしいことを不意に思った。
もともと中坊の頃から恋愛には鈍かったし、実際業界に入ってからも芸の肥やしという面が強く、内容的には
かなり淡白な恋しかしたことがない奴だ。
だから女の扱いには慣れているようで、その実、案外と慣れていない。
「別にいいんじゃねえの、それで」
「…………だーかーらー。そういう他人事みたいな…っ」
「そんなふうに忙しいお前が、ヒマを見つけちゃあメールしたり電話掛けてきたりって、いろんな意味で
お前とは離れてる彼女にとっちゃ嬉しいよ。きっと」
たとえ別人のように思えても、そういう何かに一途にのめり込むお前の性格はやっぱり変わらないしな。
どこか照れ臭くて口にしなかった言葉は、やわらかでメルヘンな電子音に掻き消され、途端に沈んでいた要の顔がパッと輝く。
「うぉっ、明里じゃん!」
あー………彼女専用の着メロとか設定してるのか。いいけどな、うん。いいけども当分ギャップに悩まされるな、こりゃ。
「おーっす。おっせぇじゃん!え、今?平気平気、ダチちょうど帰るとこだし」
「……………………」
………この野郎………。
あからさまに機嫌よく喋っている悪友を半眼で見やったあと、俺は纏めた髪を手早く括って
調子の良いヤツの頭をペン!と思いきり叩いた。それから鏡の中で目を剥くアイツにひらひらと手を振ってやる。
お邪魔虫は消えてやるから、勝手にやってろおふたりさん!
なんとなく復縁後の炎樹はメール魔のようなイメージがあります。何故だ。
振り向いてもらおうというか、嫌われたくないというか、クールなふりしつつもスゴイ必死っぽい(笑)。
ちなみに今回勝手に登場させた炎樹の友人は中坊時代からの悪友で、ヘアメイクをやってるという設定。
実は明里ちゃんに聞かれた電話の相手も彼、という脳内設定があったりなかったり。(←どっちだ)
こういうの嫌いな方にはゴメンナサイです。