◆これもまた日常◇

 

 

 

「永倉さん、今少しいいですか?」

 

陽気がいいものだから縁側でごろ寝をしていた新八は、足元の方から聞こえた遠慮がちな声に勢いよく体を起こした。

 

「おう千鶴ちゃん。どした?」

「あの………実は、お願いがありまして」

 

いつも通りに男装をした千鶴が板張りの廊下に座って居住まいを正す。

 

「なんだい随分と改まって。俺でよけりゃ力になってやるから、遠慮なく言ってみな」

 

今日は巡察に当たってはいなかったが、ちょっとした外出や買い物の類ならば御安い御用だ。
副長である土方に自分が付いていくからと許可を取ってやれるだろうと、笑ってそう言った新八に、いたく真剣な顔をした千鶴はきゅっと唇を引き結んで、

 

「私の鍛錬に付き合ってください」

 

―――――なんとも意外なことを口にした。

予想外の出来事に目を丸くする新八に、千鶴は真面目な顔で言い募る。

 

「新選組組長の永倉さんにこんなことをお願いするなんて分不相応だと重々承知しているんですけど、やっぱりひとりで鍛錬していても
今ひとつ正しいのかどうかわからなくて……かといって沖田さんや斉藤さんには……」

「あ〜、無理だよなぁ」

 

総司は加減という言葉を知らないし、斉藤はとにかく真面目に過ぎる。
方面は違えどいずれも頼み辛いもしくは頼むのが怖いことは共通している。まして局長や副長は言うに及ばずだ。

言外に匂わされたそれらを悟り、新八は苦笑した。それを見ていた千鶴はだんだんと尻すぼみになって言った口調そのままに、小さくなって頭を下げる。

 

「すみません……他に頼める方がいなくって……」

 

恐縮する千鶴を見ながら、新八はふと思い出した。

 

「左之か平助は?」

 

一番初めに挙がってもいいはずのいつも何くれとなく千鶴を気に掛けている二人の名を挙げたが、それに千鶴は即座に首を振った。

 

「原田さんには、自分が守ってやるから鍛錬なんてしなくていい、って言われました」

「……あー……」

「平助君は、万が一怪我でもさせたらと思うと怖くて無理、って」

「……あ〜……」

 

言う。言いそうだ。あの二人ならば、たしかに。いかにも。
女は守られるものというのも正しい考えではあるが、当の本人がただ守られるだけを良しとしないならば、その意気やよしと汲んでやるべきだろう。

バシッと膝を叩いて新八は告げた。

 

「よっしゃ、わかった!!見てやるから小太刀取ってきな!」

「あ……ありがとうございます、永倉さん!すぐ取ってきますっ!!」

 

にっこりと頼りがいのある笑みを浮かべた新八に、瞳を輝かせた千鶴は晴れやかな笑顔を見せ、額がつくほどの勢いで頭を下げると
大急ぎで自分の部屋へと戻っていく。その小さな背中に転ぶなよと声を掛けると、首だけで振り返った少女は照れ笑いをしつつ頷いて、やや落ち着いた
足取りで廊下の角を曲がっていった。

彼女のああいう真っ直ぐなところは不器用だと思う反面、健気でいじらしく可愛いと、こういう時につい思ってしまう。
むしろ思想だ政治だと小難しい講釈を並べる男どもよりも、よほど自身に誠実に生きているのかもしれない。

千鶴が戻ってくる前に自分も支度を整えておこうと木剣を取りに立ち上がった新八の視界に、先ほどの角から
自分と同じく非番で出かけていたらしい平助が不思議そうな顔をして現れた。

 

「あ、なぁなぁ新八っつぁん。千鶴のやつどうしたんだ?なんかすっげー嬉しそうな顔してたんだけど」

「……………ばーか」

 

その間抜けな顔をしばし眺め、溜息と共にそう言って平助の頭を軽く小突く。

 

「いてッ!なにすんだよ!?」

「取られたくなけりゃ、怪我させたら責任取るくらいの覚悟決めとけよ!」

「はぁ〜〜〜!?」

 

わけわかんねー!と喚く年下の少年をあしらいながら、新八は廊下の向こうから小太刀を持って戻ってきた千鶴に晴れやかな笑顔を向けた。

 

 

とりあえずこの話は『随想録』をプレイする前から書いていたものなんですが
あれをやって新八イベントを見た後だと、やっぱり新八っつぁんはこのポジションなんだな、と
改めて思います。兄貴分と妹分。

ただ話の転がり方によってはその境界線は容易く崩れるのかも、という線引きな気がする。
・・・・・・のは、やはり新八ルートを諦めきれない欲目なんですかね(笑)