◇◆  携 帯 電 話  ◆◇◆

 

入学式を終えた学校からの帰り道。

「あれ、透子ちゃん」

「琉夏くん」

後ろから掛けられた声に振り返れば、記憶の中の姿とはすっかり変わってしまった幼馴染の兄弟の片割れが、笑いながらこちらへやってくるところだった。
薄い金色の髪が太陽の光にキラキラと輝いている。

「ひとり?」

「うん。琉夏くんも?」

「そう。コウはバイトの面接行ってる」

どうせだから途中まで一緒に帰ろうということになって、以前と町並みが変わっているだとか、昔遊んだ公園がなくなっただとか、
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、そういえばと思い出したように琉夏がこちらを見た。

「透子ちゃん、ケータイ持ってる?」

「あ、うん。高校に入る時に機種変したから、まだあんまり使い方がわからないんだけど……」

鞄の中からまだ新しい携帯電話を取り出してみせる。

「ちょっと貸して」

「何するの?」

言われるがまま素直に携帯電話を渡しながら尋ねると、琉夏はポケットから自分の携帯電話も出して
それぞれを手早く操作してから、両手で持った電話同士を向かい合わせた。

しばらくして電子音が響き、通信が終了したことを知らせる。

琉夏はデータを確認してから預かった携帯電話を透子に返した。

「はい。ありがと」

「いいけど……今の赤外線通信?」

「うん。俺のも今送るから」

送る、という言葉に首を傾げる。

「わたしも赤外線でいいよ?」

その方が早いだろうと思った透子に、琉夏はただ面白そうに笑ったまま器用に携帯を片手で操り、しばらくして彼が
携帯電話をパタンと閉じると透子の手の中で携帯電話が鳴り響いた。

短いそれはメールの着信を告げていて、不思議に思いながらも透子はその画面を開く。

するとそれはすぐとなりを歩く琉夏からのメールで、本文には琉夏の携帯番号以外に彼の兄である琥一の番号とメールアドレスが書かれていた。
メールを開いたきり目を丸くしている少女が、あんまりにも自分の予想通りの顔をしたものだから、琉夏は悪戯が上手くいった子供のように得意げな表情を浮かべている。

「琉夏くん、これいいの?」

「いいよ。どーせコウは面倒臭がって自分から教えないだろうし、ついで」

面倒臭がる、というあたりは正解だろう。琥一はそんなにマメなタイプには思えない。
けれど弟からとはいえ、勝手に自分の番号が他人に漏れたらやはりいい気はしないはずだ。

「……怒られそうだなぁ……」

「平気だって。あ、そうだ。あとで掛けてやれば?」

「ええ?」

「今朝ビビらされた仕返しにおどかしちゃえ」

「もう、琉夏くん!」

 

楽しそうに笑う琉夏と分かれて帰宅した後、明日からの学校の準備を終えて寝る支度をしながら、ふと充電器に置いていた携帯電話が目に入る。

 

「そういえば、掛けろって言ってたっけ」

琉夏に言われたからというわけではないけれど、やはり本人に内緒で知ってしまったのが後ろめたい。

(謝っといたほうがいいよね?)

携帯電話を手に取って、アドレス帳に登録した番号を選択する。
数回コールした後、ふつりと呼び出し音が途切れて低い声が応えた。

「……もしもし」

「……えーと、コウくん?」

もしも別人だといけないからと、名乗る前にそう尋ねると、電話の向こう側で深々と溜息が漏れる。

「聞くまでもねぇが、ルカだな?」

「そう。帰りに番号交換したら、ついでだからってコウくんのも教えてくれて……一応、言っといたほうがいいと思って電話したんだけど。
 あ、今話してて大丈夫?」

「おう。つーかアイツは勝手に……」

「ゴメンね。やっぱり消したほうがいい?」

琥一の性分からして嫌がるだろうと思っていたからそう言うと、予想に反してすぐに「いや」という答えが返ってきた。

「どうせ教えなきゃとは思ってたしよ。いいからそのままにしとけ」

「そう?じゃあわたしのアドレスは、あとでメール送るね」

義理堅い言葉に苦笑して、ふと琥一は腕時計を見た。

「しかしオマエ、よくまだ起きてたな?」

「もう寝るけど……コウくんは、まだ外?」

低く静かな声に耳を傾けながら尋ねると、琥一は笑った。

「今日ようやくバイトが決まってよ。初日からこき使われた」

「あはは、そっか。じゃあ疲れたね」

「まあな。そろそろ着くからよ、切るぞ」

「うん。おやすみなさい。また明日、学校でね?」

「……おう。じゃあな」

掛かってきた電話を切ると同時に古びたドアノブを回して家に入る。

するとソファに寝そべって雑誌を眺めていた琉夏がこちらを向いた。

「遅いじゃん」

「初日から入ったんだよ。つーかオマエ勝手に人の番号教えんな」

すると琉夏はニヤリと笑ってソファの上に身を起こした。

「ビビッた?」

「ビビらねえ」

「ちぇっ。つまんねーの」

やはり琉夏の仕込みだったらしい。

「……テメェなあ」

「おっと、もう寝よ。おやすみ!」

こういうつまらない悪戯は昔から日常茶飯事だとはいえ、これからは透子も巻き込まれる。
まだ始まったばかりの高校生活を思って、琥一はもう一度深々と溜息を吐いたのだった。

 

 

とりあえずルカはともかくコウがどうやって番号を教えたのか気になりました。
フツーに交換って気もしたのですが、こういうのもアリかな?(笑)