◇◆ 三 度 目 の 正 直 ◆◇◆
その日は珍しく朝からすっきりと目が覚めた。
時間も冷蔵庫の食材もあったので、制服に着替えてからキッチンに立つ。
いつもよりは少しだけまともな朝食を作って、そろそろルカを起こそうかと思ったところで、ふとカウンターに置かれたカレンダーが目に留まる。今日は5月19日。
それを確認すると琥一は首筋をひと撫でし、溜息を吐いた。
無意識とはいえ浮かれていたらしい。日々のバイトで疲れているはずなのに、妙に体が軽い気がするのもそのせいだろう。
……期待して興奮するって、小学生のガキか、俺は。結局、叩き起こしたルカが二度寝したせいで遅刻ギリギリにバイクで登校するはめになり、クラスも違う透子とは顔も合わせないまま昼休みになった。
いつも通り校舎裏で簡単に昼メシを済ませて、教室に戻ろうとしたときだ。
「あ、コウくん!」
自分を呼び止めた声に、心臓がドキリと跳ねた。
………来た。今年も来た。
期待通りの展開に、先ほど盛大に跳ねたばかりの心臓が、途端に速度を上げてバクバクと鳴り始めた。振り返って返事をしなければと思うのに、透子の顔を見るのがどうにも気恥ずかしい。
そもそも、まだ声を掛けられただけだ。実は職員室への呼び出しの伝言、なとどいう肩透かしも十分ありうると自分自身に言い聞かせてから、
琥一はようやく壊れかけのロボットみたいにぎこちない動作でなんとかそちらを振り返った。
「おう。どした?」
「よかった、学校に来てて。えっと……」
自分を見つけて走ってきたのだろう。少し乱れた息を整える透子が後ろに隠した手には、小さな紙袋がぶら下がっていた。
それを見つけた琥一は、途端に緩みそうになる頬に懸命に力を入れて、どうにかいつもの仏頂面を保ちつつ透子の言葉を待つ。
「はい、これ。誕生日のプレゼント!」
手渡された紙袋を見つめて、それを受け取りながら琥一は目の前にいる差出人を見やった。
無事プレゼントを渡せたことが嬉しいのか、可愛らしい顔に浮かんでいるのは満面の笑みだ。そしてその頬がうっすらと赤く染まっているのは、果たして現実か、それとも自分の願望なのか。
そんなことを思いながら毎年恒例の軽口を叩いてみせて、それでも嬉しいという礼も忘れずに告げて、それで今年も俺の誕生日は終わる―――はずだった。
けれど壊れたポンプみたいに激しく脈打つ心臓が、琥一の意志とは関係なく破裂寸前だったその胸の内を押し出してしまったらしい。
「―――あのよ。オマエ、結局3年間くれたよな。プレゼント」
「うん。……あ、困らせた?」
「いや、そうじゃねえ。そうじゃねぇけど……なんで、」
俺に3年間、誕生日のプレゼントをくれたのか―――と。
言おうとした言葉が彼女に届く前に、ざわついていた廊下に予鈴の音が響き渡った。
途端に喧騒に満ちていたその場の空気は代わり、そうなればもう2度と口にする勇気はなくて、琥一は軽く手を振って踵を返す。
「コウくん?」
「……なんでもねー。それより予鈴なったぞ、いいのか?」
「よくない!次、数学!」
あっと口を押さえて慌てて駆け出していく透子の背を見送って、今度こそ踵を返せば「コウくん!」とまた呼び止められた。
今度はなんだと振り向けば、足を止めた透子が口元に手を当てて叫ぶ。
「サボっちゃダメだよ!」
「へいへい、わかってんよ。いいから行けって!本鈴鳴るぞ!」
万が一にもあるはずがないのに、一瞬した己の浅ましい期待は見事に萎む。
ある意味予想通りの言葉を受けて、琥一はしかし教室よりもずっと手前で廊下を曲がり、階段に足を掛けた。今日は晴れていて天気もいい。バイクで走ればきっと気持ちいいだろう。
いまだ胸で燻り続けている妙な期待も妄想も、風がぶっ飛ばしてくれる気がした。
「………行くか」
そう呟いて、琥一は上履きを履きかえるため、階段を降りていった。
本当はコメディにするつもりだったのですが時間がなくてここまでに。
3年目の誕生日は表面で平常心を装ってても、内心は期待してると思うんですよ!
だって3年間誕生日のプレゼントくれてたらさぁ!なぁ?みたいな(笑)
でも言えない。男子だって恋には臆病にもなるさ。