「キングからの素敵な答辞」
その日はとても晴れやかで、やわらかな色調の青空には咲き誇る桜が艶やかに映えていた。
(卒業式日和、だね)
学園の正門前でやってくる三年生達にリボンを着けながら、優実はふとそんなことを思う。
潔く、凛として、晴れがましい気分にさせられる空に思い浮かべた人の姿がなんともよく似合う気がして、少し苦笑してしまうくらいだ。
「秋月、そっちリボン余ってるか?」
「優実ちゃん、なに笑うてんの?」
「えっ?えーと……」
不意に頭一つ分は高い場所から別々の声に話しかけられて優実は目を丸くする。
見上げてみれば自分の側には、いつの間にやってきたのかクラスメイトの結城と朝倉が立っていた。
二人とも今回一緒に卒業式の係員にされていたから今この場にいることに不思議はない。
むしろ不思議なのは互いに顔を見合わせた二人の間の空気だった。
なんなんだろう、なんかこう、微妙にピリピリしてるというか……気温が一度くらい下がったような感じ?
「リボンならオレの分けたるよ。せやしほら、仁ちゃんはとっとと卒業生のお出迎えに行ってきぃや」
「お前こそ、ぼーっと秋月の顔見てるヒマがあるなら真面目に仕事したらどうだ」
ケンカとかそういう感じではなかったけれど、どことなく不穏な空気を孕んだ会話に優実が口を挟もうとした―――――その時だった。
「………秋月」
カツン、と響いた硬い靴音と低い声。
振り返ると獣のように鋭い眼光はしっかりとこちらを見据えていて、思わず優実は小走りでそちらへと向かっていた。
「おはようございます、伊達先輩。今日は晴れて良かったですね」
ペコリとお辞儀をして視界に入ったその胸元にまだリボンが着けられていないことに気がつき、すぐさまポケットから取り出したリボンを
手に「失礼します」と断って、彼の制服にピンを刺す。
「まあ、雨が降らなかったのは幸いだな。……それより、」
きちんと乱れなく着こなされた制服にリボンを着ける優実の仕草を伊達は何気なくじっと見つめていたが、自分の間近でピンをまっすぐに刺すことに
懸命な様子に、ふとその耳元に顔を寄せ、彼女にだけ聞こえるように声を潜めて囁いた。
「今日、式の後は空けておけよ」
「うっひゃうっ!?」
ゾクゾクと背筋が震えるほどの低音に、うっかり口から奇声が迸り、優実は慌てて口元を隠すがもう遅い。
その場にいた殆どの人間からもれなく注がれた好奇の視線に自然と顔が赤くなる。
「〜〜〜〜〜なっ、だっ、伊達先輩っ!」
恥ずかしさのあまりに抗議の悲鳴をあげれば返されたのは憎らしいほど涼しげな視線で、その余裕ぶりがなんとも恨めしく、優実はついつい黙って睨めつけた。
だがそれもまた彼には予想の範囲内だったようで。
「クク……、じゃあな」
堪えきれない笑いを噛み殺し、校舎の昇降口へと姿を消した。
●○● ○●○ ●○●
「………つーか、今朝のあれをどう思う。仁ちゃんよ?」
「………仲の良い先輩後輩、とか」
「せやんなぁ。まーそのわりにキングはえっらい凶悪なツラしとったけど」
卒業式も無事に終わり、学校中に心地良い開放感が漂っている。
それは送る側の在校生とて例外ではなく、二人のいる二年の教室もざわめきに包まれていた。
そしてそれに紛れるようにバタバタと近づいてきた足音が教室に駆け込んでくる。
「ごっめーん優実!遅くなっちゃった。早く行こ!」
「うん。…あ、そうだ。結城君たちも行く?竜造寺先輩にお祝いのお花を渡すんだけど」
促されるままに鞄を取って席を立った優実が、ふと思い出したようにそう言ってクラスメイトの二人を振り返った。
彼女曰く「転校してから何かとお世話になったから」だそうだが、それは確かに結城と朝倉とて例外ではない。
B−1に参加した者として、敬意を払うべき人物を祝いの言葉で送り出したい気持ちに変わりはなかった。
「そやな。オレらも行こか」
「……ああ」
そうして彼ら四人は連れ立って、竜造寺を見送るために多くの生徒達で賑わう校庭に出た。
………はずだったのだが。
「……キング……」
三年の昇降口から絶え間なく溢れてくる卒業生の間から悠然と姿を現した伊達に、それまで緩んでいた結城と朝倉の空気がガラリと変わる。
それはこの数ヶ月間、伊達を間近に見ていた優実には覚えのある感覚だった。
「――――結城に朝倉、か」
一瞬だけ並びにいた優実を一瞥し、僅かに形の良い眉尻が上がったがそれもあまりに一瞬のことだ。
全身から滲む威圧的な雰囲気に、周囲で別れを惜しみ祝っていた生徒達も伊達の登場に気付き始め、B−1三連続覇者である
無敗のキングの一挙手一投足を固唾を飲んで見つめていた。
「………そんなことに費やす時間があるなら、ロードワークの一つでもこなした方がよほど有益だと思うがな」
「言われなくとも、また貴方に挑戦できるんだ。一時だって無駄になんかしませんよ」
「そっちこそ、油断して寝首掻かれんように用心しといた方がええんとちゃいますか」
目に見えぬオーラのようなものが交わされた視線の内に篭る。
不屈の闘志を滾らせる挑戦者と、揺るぎない実力と自負に満ちた王者。
「ハッ、せいぜい足掻いてこい。一応楽しみにはしておいてやる」
すでに今期のB−1は終了し、いまだその興奮冷めやらぬばかりだというのに、当事者たちにはもう次の戦いが始まっている。
均整の取れた体躯にきっちりと制服を纏い、堂々と胸を張って結城と朝倉の前に立つ伊達の顔は冷静ながらも好戦的な色をありありと浮かべていた。
(格闘と女を天秤には掛けない……だっけ。男の子だなぁ、先輩も結城君たちも)
戦い、強くあることが何よりも大事なのだ。
彼らにとっては――――――自分などより、よっぽど。
伊達の活き活きとした表情を見て優実がそんなことを思っていた、その矢先だった。
「それから―――」
唐突にこちらに伸ばされた手に二の腕を掴まれ、グラリと体が傾いた。
一体何が起こったのか、目を瞬かせたその時、
「俺の女に手を出した奴にも容赦はしないからな。覚えのある奴は肝に銘じておけよ」
伊達の張りのある低い声が、それまでで一番重々しくその場に響き渡った。
「………………はあっ!?ちょっ、まっ、なっ……なー!?」
「だ……伊達先輩っ!!」
予告なしの爆弾発言に優実の頬は真っ赤に染まる。
行動と発言に脈絡がないのは初めからだったが、まさか最後の最後にやってくれるとは思ってもいなかった。
その場にいた沙紀や結城たちにフォローをしようにも、すでに話は済んだとばかりに伊達は門への道を歩き出している。
優実の腕をしっかりと掴んだまま。
「なんてこと言うんですか、あんな……みんながいる前で!」
いまだに引かない熱に紅潮した頬を膨らませて抗議の声を上げる優実に、当の伊達はしれっとした顔で答えた。
「馬鹿か。みんなのいる前だからだろうが」
最小限のアクションで最大の効果を狙ったのだと、そう言いたいらしい。
(……いやまあ、それはそうでしょうけど……)
卒業した伊達はいいいだろうが、まだもう1年学園に通わなければならない優実が恥ずかしいことに変わりはない。
そんなことを思って、もう少し抗議してやろうとふくれっつらのままこちらを振り向きもしない野生的な銀髪を睨もうとしたけれど
自然と弛んでしまう自分の口元に、優実は諦めて小さく笑った。
手は早くないが独占欲は強いほうだと自負している伊達先輩。
公衆の面前でチューはしなさそうですが、これくらいだったらやるかしら?と(笑)
せっかく出した結城と朝倉が消化不良気味でしたが、とりあえず今後に期待する方向でひとつ。
そして名前だけ出しといて出番のなかった竜造寺先輩……ごっ、ごめん。お声は大好きです!(←声だけか)